デザイナーの役割は、時代の変化とともに更新され続けてきました。近年では、情報、プロダクト、空間、映像といった領域を横断しながら、その役割はさらに広がりを見せています。
本企画では、デザインの最前線で既存の枠組みにとらわれず活動するデザイナーやジャーナリストを迎え、対話を重ねていきます。それぞれの実践や視点を手がかりに、これからのデザイナーに求められる姿勢やあり方を探っていきます。
SESSION 06では、有限会社ユカデザイン代表で、立体造形家/キャラクターデザイナーとして幅広く活躍する森井ユカさんをゲストに迎え、ビジュアルデザイン分野専任教育職員の宮根土真砂先生とエクスペリエンスデザイン(XD)専攻「カルチャーコミュニケーションデザイン」領域の学び、そして、デザインにストーリーが求められる理由について語り合ってもらいました。
宮根土真砂(以下、宮根)|近年、ファッション、プロダクト、スペースといったデザイン分野の垣根がなくなりつつあると言われています。そこでXD専攻では、複数の領域を組み合わせて、それぞれを深く学ぶことができるプログラムを提供していくつもりです。例えば、ファッションとプロダクトの学びを掛け合わせることで、衣服だけでなく、家具や雑貨までプロデュースできる多角的な視点を持ったファッションデザイナーを育成するなど、複数の分野が融合した学びを通じて、私たちが想定すらしていないデザイナーが輩出されるのではないかと期待しています。
森井ユカ(以下、森井)|XD専攻は、社会人経験がある学生が強みを発揮しやすいのではないかと思います。デザインの知識や技術はなかったとしても、積極的にコミュニケーションの手段をつくったり、まったく新しい視点からアイデアを創出したりする。こうした能力は、社会人経験によって培われるものだと思います。もともと夜間部の魅力は、幅広い世代や背景の学生がともに学ぶことです。経験の異なる人々が出会うことで、多様なデザイン表現が生まれるのではないでしょうか。
森井|私が専門としているのは、いわゆる「キャラクターデザイン」の仕事です。企業や自治体などのクライアントから依頼を受け、ニーズに合わせてデザインするのが基本的な流れとなります。一方で、自主的な制作活動がクライアントワークにつながることもあります。ANAグループの機内誌『翼の王国』で連載している「ニッポン47妖怪さんぽ」もそのひとつです。これは、47都道府県の伝承に基づき、私の解釈で各地域の妖怪をデザインして立体作品にするというもの。もともとは個展で発表していた作品でしたが、そこから機内誌を舞台に全国各地に赴いて自然や食に触れる連載企画に発展しました。ここでは、立体作品の制作だけではなく、記事の執筆も担当しています。その他、放送作家の小山薫堂さんの事務所キャラクター、千葉に拠点を置く京葉ガスの公式キャラクターなど、幅広いデザインを手掛けています。
宮根|「無限ネコ製造計画」も森井さんにとって重要な取り組みですよね。
森井|そうですね。私はキャラクターデザインと並行して、プロダクトデザイン領域の仕事にも力を入れてきました。そのひとつが、アッシュコンセプトのブランド「+d」で発表した「ネコカップ」です。私はネコが大好きで、いつかネコに関わる仕事をしたいという野望を持っていました。「ネコカップ」はその名の通りネコの形をした容器で、砂や土を成形することでネコを量産できるというプロダクトです。私が手作業でプロトタイプをつくり、それをスキャンしたデジタルデータを加工することで、商品化を進めました。
宮根|ネコのシルエットが紛争地帯の浜辺や公園に溢れることで、人の心が癒されたら、平和な世の中になるのではないか……という思いが込められているんですよね?
森井|そうなんです。ただ、販売してみると料理やお菓子づくりに「ネコカップ」を活用するSNSでの投稿が拡散されて、思わぬ形でヒットする結果に……。「ネコカップ」を型にして、ネコ型のゼリーやプリンをつくる人のために、さまざまなサイズ展開をしたりもしました。このように、キャラクターデザインはもちろん、立体制作やプロダクトデザイン、原稿の執筆、ボードゲームの企画・制作、最近では映像など、幅広い分野で活動を続けています。そういう意味では、私もXD専攻でこれから育成していく“想定外のデザイナー”なのかもしれません。
宮根|森井さんの仕事は本当に独特だと思います。一方の私は、ごくごく普通のデザイナーとして仕事をしてきました(笑)。もともとは広告制作会社でグラフィックデザイナーとしてキャリアをスタートし、その後はマーケティングやブランディングにも携わるようになります。最終的には、主に広告プロデューサーの役割を担当していました。大規模な企業系・教育系のイベントに関わった経験もあります。〈桑沢〉には個性的なキャリアの先生が多いのですが、私は一般的なグラフィックデザイナーがたどる“王道”を順当に歩んできた人間だと思っています。
森井|それが関係しているのかはわかりませんが、宮根先生は〈桑沢〉で最も就職支援に長けた教員として知られていますよね。特に夜間の学生からは、「宮根先生に相談すれば心配ない」というほど信頼されていたのをよく覚えています。
宮根|わかりやすくいえば「ブランディング」ということに尽きると思います。成果物となる“モノ”があることは大前提で、そのバックボーンやストーリー性をユーザーに理解させることを重視したデザインのあり方ですね。先ほど話に出た森井さんの「ネコカップ」は、まさにその好例でしょう。プロダクトとして非常にかわいらしく、「砂や土をネコの形にできる」という目的もわかりやすい。しかし、その背景には、「平和な世の中をつくりたい」という壮大なストーリーが秘められているわけです。
これと同様のことが、自動車のデザインにも言えます。乗り心地や運転のしやすさはデザインの前提にすぎません。「スピード感がほしい」「かっこいい車に乗りたい」といったユーザーのニーズをデザインに反映し、「こんなふうに乗ってほしい」というストーリーを提供するところまでがデザイナーに与えられた役割です。「なぜそれをつくろうと思ったのか」をユーザーに伝える――〈桑沢〉ではよく“らしさ”と表現される価値観ですが、カルチャーコミュニケーションデザインは“らしさ”の基盤となる学びだと思っています。
森井|宮根先生がおっしゃった「なぜそれをつくろうと思ったのか」をユーザーに伝えることが、カルチャーコミュニケーションデザインの本質だと私も思います。特に近年は生成AIの発展により、誰もが“それっぽいもの”を簡単に生み出せる時代になりました。ただ、それができたからといって、デザインの背景にある思いをクライアントやユーザーに伝えることは難しい。言い換えれば、クライアントから求められたストーリーを解釈して、デザインに落とし込むことは人間にしかできないということです。
求められたストーリーをデザインに落とし込むという点で、クライアントワークには“自分らしさ”が必要ないと誤解されることもあります。しかし、人間がデザインしている以上、必ずその人だけの個性が反映されています。この“自分らしさ”は、ひとりだとなかなか見つけることができません。だからこそXD専攻のような環境で互いの作品を評価し合うことが大切です。デザインの背景を他者に伝える技術は、教員やクラスメイトとのコミュニケーションの中で磨かれるものだと考えています。
宮根|デザイナーとしての一番の喜びは、自分の意図したストーリーが正しく相手に伝わることです。これが、まさにカルチャーコミュニケーションデザインを追究する価値なのではないでしょうか。今ではインターネットで検索すれば、無数のプロダクトやファッションに触れられるようになりました。そこで重要なのが、「こういう人たちに着てもらいたい」「こういうシチュエーションで着てもらいたい」というデザイナー自身の思いを明確に届けることです。つまり、デザインに込めた思いを外に向けて発信する方法を考える。最近、その力がデザインを学んでいる人たちには不足しているように感じています。
森井|私は3年前まで〈桑沢〉でキャラクターマーケティングのゼミを担当していました。そこでコンセプトとしていたのは、「“らしさ”に価値を与えること」と「経済活動につなげること」でした。デザインを仕事にする以上、クライアントがいて、その先にユーザーがいるという構造は揺るがないものです。要するに、ブランドもキャラクターもユーザーに価値が共有され、経済的にも成功しなければ持続可能とはいえません。そこに必要なのは、やはり外に向けた発信力なのです。
宮根|例えば、1990年代には、「アメリカ製である」ということがひとつの価値を持っていました。シンプルな白いTシャツであっても、「MADE IN USA」と書かれているだけで誰もがほしいと思った。それは、アメリカに対して抱いていた「かっこいい」というイメージが、共通のストーリーとしてユーザーに認識されていたからです。つくり手としては、それをデザインとしてユーザーに発信すればよかった。現在は、入手できる情報が多すぎることもあり、ストーリーが埋もれてしまうという現象が起こっているように感じています。だからこそ、誰にも譲れないストーリー性を発信するカルチャーコミュニケーションデザインの意義がますます重要になっています。
森井|これまでの仕事の経験上、私は「人は物語に惹かれて動く」ということに確信を持っています。そして、その物語をいかに形にできるか、アピールできるか、説明できるかが、デザイナーに求められる重要なテクニックになります。消費者はストーリーを敏感に感じ取っています。背景が明確に伝わるデザインを生み出し、経済を動かしていく。その点に、カルチャーコミュニケーションデザインの面白さがあるのではないでしょうか。
宮根|確かにAIの発展は著しいのですが、デザイン分野で生成されたアウトプットは今のところ“没個性”であると言わざるを得ません。つまり、デザインにおいて何より重要な“らしさ”が感じられないということです。これと似たような状況が以前にもありました。それは今から30年ほど前、グラフィックデザインの現場でDTPが主流になり始めた頃のことです。当時、IllustratorやQuarkXPressなどのデザイン系ソフトが登場し、「デザイナーの時代は終わった」とまで言われていました。しかし、実際に何が起こったかというと、「いかにもソフトでつくったデザイン」が世の中に氾濫してしまったのです。そして“没個性”から抜け出すために、新しい表現を求める動きが進みました。
このように、新しい技術の登場によってデザインの仕事は様変わりしますが、デザイナーという職業は存在し続けるのだろうと思います。とはいえAIにできることは非常に多く、今後どこまで発展するのか誰にも予想できません。特にXD専攻では、AIとうまく付き合っていく意識も必要になると思います。デザインの背景にあるストーリーは人間がきちんと考えつつ、それ以外のところはAIを活用していく。今後は、AIとの共存は避けられないと思います。
森井|人間の手作業が不可欠だと思われていた立体の領域においても、AIは著しい進化を見せています。その反面、人間の手作業の価値が高まっていることを実感しています。というのも、私が手作業で立体をつくる様子をアートとして披露してほしいという依頼が急激に増加しているのです。そこで、アメリカ、フランス、イギリス、シンガポール、マレーシア、ブラジル、コスタリカなど世界各国で「ライブメイキング」を計画しています。つまり、ライブで制作実演をするわけです。こうした動向を見ていると、デザインにおいて人間の手作業の需要が高まっているのではないかと感じますね。
宮根|AIが生成したデザインは、作品の根拠となるオリジナリティが存在しないという問題を孕んでいます。なぜなら、森井さんのような手作業のプロセスがスキップされているからです。これは同時に、仕事の責任の問題にも直結しています。最近の学生を見ていて驚くのですが、ラフスケッチを描かずにいきなり作品をつくる人が非常に多い。もちろん頭の中にアイデアがあれば、途中のプロセスがなくても制作で困ることはないのかもしれません。ただ、デザインを仕事にするとなると、企画書や設計図は必ず必要になります。デザインの背景にあるストーリーを明確にしなければ、クライアントや他のクリエイターと共同作業をすることはできません。そのプロセスこそがデザイナーの責任であり、AIには代替できない要素のひとつだと思っています。
宮根|カルチャーコミュニケーションデザインの知見をファッション、プロダクト、スペースなど各分野で活かせるデザイナーを輩出したいというのが第一の目的です。いずれの分野においても、つくり出した“モノ”の背景にあるストーリーをしっかり伝えられるデザイナーを育成したいですね。私としては、ここから“変わったデザイナー”が出てきてほしいという思いもあります。理想とするのは、森井さんのように唯一無二の仕事をするデザイナーです。誰かの道をなぞるのではなく、違うアプローチから独自の活動をするデザイナーが生まれてくることを期待しています。
森井|私が期待するのは、学生の“らしさ”ですね。課題も多いので大変だとは思いますが、とにかく自由にデザインを楽しんでほしいと思います。私の場合は現役で〈桑沢〉に入学しましたが、40代から大学院で学び直したりもしました。そのため、社会に出る前に学ぶこと、社会人になってから学ぶことの両方の面白さを理解しているつもりです。多様な人々が一緒に学ぶ夜間部でお互いに刺激し合いながら、“らしさ”をデザインに落とし込み、世界に向けて発信してほしいと思います。
Profile
森井ユカYuka Morii
桑沢デザイン研究所リビングデザイン科卒業。東京造形大学大学院修了。有限会社ユカデザイン代表。数々の企業や自治体のキャラクターデザイン・立体化を手がける。プロダクトの領域では、無限ネコ製造器「ネコカップ」「コネコカップ」、ボードゲーム「Nego」などが商品化。デザイン雑貨コレクターとしても活動し、代表著作に『スーパーマーケットマニア』シリーズ(講談社)などがある。
宮根土真砂Tomasa Miyane
桑沢デザイン研究所卒業後、デザインプロダクション等でディレクター・プロデューサーとして広告・CM・Web等のデザイン、VI・CIの制作や広報イベント企画、マーケティング、ブランディングなどを手がける。
取材・文/上垣内舜介(minimal)
写真/丸茂健一(minimal)
© 2026 KUWASAWA DESIGN SCHOOL
OTHER SESSION
SESSION 06
森井ユカYuka Morii
有限会社ユカデザイン代表
立体造形家/キャラクターデザイナー
宮根土真砂Tomasa Miyane
桑沢デザイン研究所 専任教育職員
第6回では、有限会社ユカデザイン代表で、立体造形家/キャラクターデザイナーとして幅広く活躍する森井ユカさんをゲストに迎え、ビジュアルデザイン分野専任教育職員の宮根土真砂先生とエクスペリエンスデザイン(XD)専攻「カルチャーコミュニケーションデザイン」領域の学び、そして、デザインにストーリーが求められる理由について語り合ってもらいました。
SESSION 05
三上司Tsukasa Mikami
桑沢デザイン研究所 非常勤講師
奥山大介Daisuke Okuyama
桑沢デザイン研究所 専任教育職員
第5回では、企業ブランドのデザインから異業種との協業まで幅広く手がけるデザイナーの三上司さんをゲストに迎え、ファッションデザイン分野専任教育職員の奥山大介先生と、エクスペリエンスデザイン(XD)専攻「ファッション」領域の学び、そしてAI時代におけるファッションデザインの価値について、語り合っていただきました。
SESSION 04
宮前義之Yoshiyuki Miyamae
A-POC ABLE ISSEY MIYAKE/デザイナー
吉泉 聡Satoshi Yoshiizumi
TAKT PROJECT/主宰
第4回では、A-POC ABLE ISSEY MIYAKE(以下、A-POC ABLE)を率いる宮前義之さんと、TAKT PROJECTを主宰する吉泉聡さんを迎えました。それぞれ異なる領域を起点に活動する二人は、なぜ領域を横断し続けるのか。デザイナーに求められる役割から、これからのデザイン、そしてデザイン教育のあり方まで語り合います。
SESSION 03
狩野佑真Yuma Kano
株式会社NOU代表
クリエイティブディレクター/デザイナー
髙平洋平Yohei Takahira
桑沢デザイン研究所 専任教育職員
第3回では、株式会社NOU代表で、クリエイティブディレクター/デザイナーの狩野佑真さんをゲストに迎え、スペースデザイン分野専任教育職員の髙平洋平先生とエクスペリエンスデザイン(XD)専攻「ライフスペース」領域の学び、そして、空間デザインから広がる表現の可能性について、語り合っていただきました。
SESSION 02
生駒崇光Takamitsu Ikoma
桑沢デザイン研究所 非常勤講師
本田圭吾Keigo Honda
桑沢デザイン研究所 専任教員
第2回では、電動バイクやロボットのデザインを手がけるICOMA Inc.代表の生駒崇光さんをゲストに迎え、「プロダクトデザイン」の未来を探ります。エコ/サステナブルデザインを専門とする本校教員の本田圭吾を対談パートナーとして、エクスペリエンスデザイン(XD)専攻「ライフプロダクト」領域の学び、そしてAI時代におけるプロダクトデザインの価値について、語り合っていただきました。
SESSION 01
佐藤竜平Ryuhei Sato
桑沢デザイン研究所 第12代所長
川上典李子Noriko Kawakami
ジャーナリスト、
21_21 DESIGN SIGHT アソシエイトディレクター
第1回は、国内外のデザインに精通し、展覧会のキュレーションやプロジェクトディレクションなど多方面で活躍するジャーナリスト・川上典李子さんを迎え、所長・佐藤竜平との対話を通じて、デザインの歴史をひもときながら、これからのデザイン教育のあり方やデザイナーの役割について語っていただきました。
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